asagao5-11’s diary

300~600字程度で、昔の記憶を記録する

こどもの国線周辺

22年前までこどもの国線を使って通勤していた。車両は1両編成。扇風機はついていなく暑い夏は窓を開けて自然の風を入れていた。
当時は、始発朝8時10分、終電16時30分だったと記憶している。乗りたい時間に電車がなく、まさに"こども"のための電車、明るいうちに乗って帰ってくる。うそのようなホントの話
だ。
小学校2年生の時、遠足はこどもの国だった。なぜか防空壕や薬莢が散らばっていて、土の下から煙突っぽいものがたくさん突き出ていた。ふるーい倉庫がたくさん連なっていた。
最近になって調べたら、戦時中"田奈弾薬倉庫"として使われていたようだ。こどもの国駅よりもさらに奥に運ばれていたと記載があった。
昔、こどもの国線の西側は山だった。今は山は切り崩され、宅地造成されたくさんの住宅や小学校、スーパーができている。当時は真っ暗で電灯はポツンポツンしかなく怖い道だった。
民家があり、小川がありよくザリガニを取った。その周辺は"マムシ谷"と呼ばれておりマムシあり、タヌキあり、誰だかわからんがぶっとい檻に"寅"を飼っていた人までいた。こんなところで‼️動物園に持っていけよ。
山が崩された後、山が住居の動物は隣の町田市の住宅街に移動した話を聞いた。