< 起きてくると思った >
死んでいるのに、起きてくると思った。祖父が死んだ、77歳。
33年前、私は階段から転げ落ちて左足首を捻挫して松葉杖をつい
ていた。葬式なのに役立たず。
襖1枚向こうで寝ている、いや安置されている。
「人が死ぬってどういうこと?」
「人は死ぬんだ」
20歳にもなって初めて“人は死ぬんだ”ということを経験した。し
かも大好きな祖父。起きてくるんじゃないのか?死体なのに、祖父
を死体と思いたくない。
祖母が「おじいちゃんに触っちゃダメ、人が触ると包丁で刺され
たときと同じ痛みがあるのよ」と言った。
内心、「本当か?」と思った。私は触れなかった。触りたかったけ
ど怖くて触れなかった。祖母の言いつけで触れられなかった。
祖父は白い布で覆われていた。触ることはしなかったが、顔にかか
っている白い布をずらした。「おじいちゃんだ!」
私は捻挫でまともに立てず横になっていることが多かった。祖父
と並んで寝られるのに、最後なのに、“死んでいる”というだけで死
体扱いし自分を恐れた。
襖1枚向こうの祖父はすでに永遠の眠りについていた。時々、襖を
少し開ける。部屋はひんやりとしていた。大きな祖父は痩せていた。
翌日、斎場に移動した。安置されている祖父を見て胸を込み上げ
てきた。松葉杖をしたまま床に座り込んでわんわん泣いた。
葬儀は終わった。それでもおじいちゃんは起きてこなかった。