asagao5-11’s diary

300~600字程度で、昔の記憶を記録する

< 起きてくると思った >

 死んでいるのに、起きてくると思った。祖父が死んだ、77歳。

33年前、私は階段から転げ落ちて左足首を捻挫して松葉杖をつい

ていた。葬式なのに役立たず。

襖1枚向こうで寝ている、いや安置されている。

「人が死ぬってどういうこと?」

「人は死ぬんだ」

20歳にもなって初めて“人は死ぬんだ”ということを経験した。し

かも大好きな祖父。起きてくるんじゃないのか?死体なのに、祖父

を死体と思いたくない。

 祖母が「おじいちゃんに触っちゃダメ、人が触ると包丁で刺され

たときと同じ痛みがあるのよ」と言った。

内心、「本当か?」と思った。私は触れなかった。触りたかったけ

ど怖くて触れなかった。祖母の言いつけで触れられなかった。

祖父は白い布で覆われていた。触ることはしなかったが、顔にかか

っている白い布をずらした。「おじいちゃんだ!」

 私は捻挫でまともに立てず横になっていることが多かった。祖父

と並んで寝られるのに、最後なのに、“死んでいる”というだけで死

体扱いし自分を恐れた。

襖1枚向こうの祖父はすでに永遠の眠りについていた。時々、襖を

少し開ける。部屋はひんやりとしていた。大きな祖父は痩せていた。

 翌日、斎場に移動した。安置されている祖父を見て胸を込み上げ

てきた。松葉杖をしたまま床に座り込んでわんわん泣いた。

葬儀は終わった。それでもおじいちゃんは起きてこなかった。